住まいのお役立ち情報を集めました。
『実生さん宅へ、そしてはじまり』
朝6時にバンガロールシティ駅に着く。手持ちのお金は400Rsしかない。そこで駅前のホテルに泊まることにする。オートリキシャー20Rs、ホテル代338Rs、チップ代10Rs、ホテル代のうち32Rsはチェックアウト時に返してくれるはずだった。部屋に入り、夜行列車でぐっすり眠れなかったこともあって、11時まで寝る。それから両替をして、インターネットでメールをチェックしなければならなかった。昨夜、実生さん(8月上旬、偶然東京のインド大使館で隣り合わせ知り合う。バンガロール在住の子供の人権活動家)にバンガロールに行く旨をメールしていたため、彼女からの返事を見たかったのだ。 が、駅前では両替できず、リキシャでMGRd(バンガロールで最もいけてるところ)に。トーマスクックで両替してぶらぶら歩いていた。ここはアジアのIT基地であることもあり、最もインドらしくない街であると言われている。通りにはお洒落なバーやレストラン、カフェやデザート屋、さらにはスーパーマーケット(インドじゃレア)もある。通りを歩く人は皆けっこうお洒落でスーツ姿のビジネスマンも多い。スーパーマーケットでジュースとトイレットペーパー2個を買い、アイスを食べ、ケンタッキーフライドチキンへ!約90Rsでコーラ、ポテト、ハンバーガーを食べる。接客サービスもインドでは異例(日本では普通)の水準で、お味はやはり(?)カレー系でした。その後インターネット屋へ行きメールを見ると、実生(みおい)さんから「うちに泊まれます。連絡下さい。」とのメール(英語)が。すぐに横にあるSTD/ISDのボックスでインド初のTelを。しかし、つながらない。そこで1時間後に何回かかけると、「Hello,I \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\'m Mioi」と声が。「I\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\'m Daisaku」「おー、だいさく君!今どこ?」「MGRdのケンタッキーの近くです」時刻は16時。「うちに泊まっても平気よ。ホテルもう泊まっちゃった?高いでしょ?17時半までに・・・インディアン・スクールのバスケットコートに来てよね」。久し振りの日本語である。そして優しい。すぐに駅近くの宿に戻り荷物をまとめてチェックアウトする。が、32Rsは結局返してもらえなかった。日本人(特に英語があまりしゃべれない)は少々なめられている。かなり腹が立ったので、声を大にして反論したが実生さんとの待ち合わせ時間もあるので、最後に「警察に言うよ。バイ」と言って宿を出る。そして再びMGRdへ。が、もう待ち合わせ時間は過ぎてしまい18時に。近くのSTDで実生さんにTelすると「私達まだ学校なんだよね。~レストランの前にいて、20分後くらいに行くから」。それからそのレストランをロンプラで探して、大きなバックパックを抱えながら汗だくになりながら歩いて、そのレストラン前で待っていた。待っていた。ふと、目を前にやるとカラフルなデザインのバン(サンフラワーエクスプレス号という名前だそうだ)にインド人の運転手と助手席の人(実生さんだった)が笑顔で手を振っている。ついに再会!!といっても、お会いしたのは1度だけであるが。が、久しぶりに日本人(しかも信頼できる)と話せるということもあって疲れは一気に吹き飛んでいた。実生さんとあいさつをして、運転席に座っているジョン(後に知るが新聞にも載るバンガロールの有名なartist。そして誠実で、熱く、正義感をもったおじさん。)とあいさつ。バンに乗り、ジョンや実生さんと話したり、ジョンと実生さんの話を聞いていた。話によると、ジョンはエンジニアリングの仕事をしていたそうだが、彼が18才の頃に死体運びの仕事をやって(3ヶ月くらい)価値観が変わった。そして、筆を持って南インドの全ての州を周って路上エキシビジョンをやっていた。題材はストリートチルドレン。インドでは児童労働や債務奴隷が普通にいたる場所で働いている。彼らの大半が指定カーストと呼ばれる(=アンタッチャブル)、生まれながらにして人としての人権がない(法律上は差別はなくなったが未だにその慣習は残っている)子たちだ。彼ら、彼女らは街中の道端で、テントで寝て、起きて、一生を暮らす。ここにジョンの言葉を紹介したい。「今日もまたインドのバンガロールに日が昇ります。村から都市に子供達がやってきて路上暮らしをしています。私達は彼らを見ているのでしょうか?いいえ・・・彼らが私達を見ているのです!」 途中、軽いご飯とコーヒーを立食形式のレストランで食べる。実生さんがご飯を、ジョンがコーヒーをおごってくれる。実生さんは広島出身ということもあってか、13才の時にアウシュビッツに行ったり、平和運動をやったりと、かなりの行動力の持ち主。現在28才で、バンガロールに2年前から在住、子供の人権活動家として毎日を子供の将来の為に捧げている。ジョンはちなみに47才みたいだ。 ご飯を食べた後、実生さんのルームメイトであるライラ(21才のドイツ人音楽家!)がご飯を作ってくれているということだったが、ジョンの携帯が鳴り、絵を買いたいというお客様がいるということでバンで向かうことに。バンは助手席が大人2人(子供なら3,4人)座れ、後部座席は向かい合いのシートが2つあるので、いっぱい乗れる。バンはものすごく揺れる。インドではスピード出し過ぎを防止する為か、道路の途中にこぶみたいな盛り上がりがある。バンはオンボロ。雰囲気は最高。バンの後ろの扉が度々開く!後ろの車やバイクやリキシャは大迷惑。が、ジョンはお構いなし。彼はバンガロールでは有名人。道を歩く知り合いと声を掛けあっている。ジョンのバンがある大きな家の前で止まる。家の中に実生さんとジョンと自分の3人でジョンの作品17点(いくつか写真に収めました)を運ぶ。家の中はインドの中流階級の上(中流階級はほとんどいない)の豪華さだったby実生さん。中庭が2つ、バルコニー、メイド、すごい家だった。 ジョンの作品には最高20,000Rsの値段がついていた。家の人も皆育ちが良さそうで、途中アップル(ジンジャーミックス)ジュースと自家製ワイン(これが凄い旨い!)とおつまみをご馳走になる。なんでもこのでかい家で今週末の土日に絵画の展覧会が開催されるみたいだ。そのことが今日の地元州の新聞に載っており、そこにはジョンの名前もあった。いろいろと談笑している間に時間は過ぎ、実生さんの家(ライラとの共同住まい)に着いたのは夜の22時を過ぎていた。ここでライラと初対面!ドイツのこの女の子は料理や洗濯をやってくれたいるらしく、この日の夜も彼女の作ったご飯をご馳走になった。そしてお風呂(湯をわかしてもらった為、疲れが一気に取れる)に入り、日記を少し書いて実生さんとお話をしたりしてその日は休んだ。 実生さんはスゴークフランクな人。「気遣わないでいいから」って言うくらい。実生さんも僕に気遣ってない(たいに見えて、お湯沸かしてくれたりとけっこう気つかってくれています。感謝。)。ジョンの絵画が売れ、帰り路に「日本にいる時、実生さんの活動をHPなどで見させてもらいました。よろしければ一緒にやりたいと思ってます!ぜひ参加させてください」と言うと、「大歓迎よ。何日間インド旅するんだっけ?どうせ一週間くらいウチにいるでしょ?」と言ってくれる。「あと1ヶ月程旅します。はい、一週間から10日くらい居たいです」。 こうして、バンガロールでの、インドでの、一生忘れないだろう時間がつくられていくことになった。そして、次の日はライラとジョンが日課にしている早朝ジョギングに一緒に行くことに。寝るとこは実生さんの横(実生さんはベッド)。久しぶりに安心して眠りにつけた。
静岡県にお住まいの方にお伺いします。もう10年以上前になりますが、静岡県は新聞販売の正常化が保たれていると聞いた事があります。それが事実ならば、新聞屋さんが契約時にビールや洗剤や米を持って来たり、1年契約すれば3ヵ月無料にするなんて、どう考えても異常ですよね。私も、こういうのはやめたほうがいいと思いますが、この話を聞いたのはかなり前なので。現状、静岡県ではどうなっているんでしょうか。
夫婦生活について悩んでいます。私も妻も40代半ばです。高校生の息子と中学生の娘がおりますが、3LDKのマンション住まいのため、自宅での夫婦生活の営みができません。仕方なく2ヶ月に1度ぐらいのペースで週末の昼に自宅から少し離れたラブホを利用しています。皆さんは、どのようにされていますか。参考意見をお聞かせ下さい。
合併浄化槽への雨水の流入について先日、建替中の両親の住まいの建築を請け負っている業者が、行政では認められていない合併浄化槽への雨水の流入を検討していることを知らされました。本来、合併浄化槽はし尿や生活雑排水等処理する為に設置される筈ですが、雨水の流入は認められているのでしょうか?また問題はないのでしょうか?皆様、ご教授下さい。宜しくお願いします。